第7回 NON定例会の報告 (三村寛子・岡部大祐・岩本ゆり)

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第7回 NON定例会

2007-2008 年間テーマ 「医療における意志決定支援」 第2回

「がん患者体験を通して考えた意思決定の実際とヘルス・コミュニケーションについて」
ナビゲーター:岡部大祐さん(2005年縦隔腫瘍と診断を受け、抗がん剤治療終了。言語学、ヘルス・コミュニケーションについて大学院にて研究中)
  
▼原町高齢者在宅サービスセンター2階会議室にて
▼平成19年11月10日(土) 13:30-16:30
▼タイムスケジュール
・13:00-    開場
・13:30-14:30  レクチャー 60分
・14:30-14:45  質疑応答  15分
・14:45-15:00  休憩    15分
・15:00-16:00  ディスカッション 60分
・16:00-16:30  名刺交換 30分
▼今回のお題
 「医療における意思決定についての意見・考え」

▼演者:岡部大介
司会:岩本ゆり
NON参加者:15名


「がん患者体験を通して考えた意志決定の実際とヘルス・コミュニケーションについて
?がん、人、医療、社会、といろいろ考えてみたこと?」  についてレクチャー

1.「がん患者」とは誰なのか。

  患者である前に「私」という人間であること。
  人間とは多元的で動的な存在であると言うこと。
  
→ Who am I テストを通して、参加者全員で考える。

2.意志決定の経験とそこで感じたこと

  (1)生物医学モデルと心理社会的モデルの違い

→ 医療者は正常な状態から外れた人を病人(患者)として医療の対象にし、その人達を正常な状態に戻すことを科学的に実証することで「医学」と言っているように感じる。それに対して、病気になった自分は「どう生きるか」ということに論点を置いているので、医療者とは話がかみ合わないと感じた。

  (2)常に「前向き」であることを求められて辛いと感じた。
     日々は輝いて見えるけど将来は灰色、という気持ち。

3.縁側の創出
医療は他職種協働コミュニケーションの場である。その中に「縁側」のように、気楽に立ち寄って、目的もなく話ができるような場所が存在したら、コミュケーションが成立しやすくなるのではないかと考える。

?ディスカッション?

・医療における意志決定と、人間や人生としての意志決定を分けて考える必要があるのではないかと感じた。
・自分が臨床にいた頃は、「がんの告知」そのものがタブーな時代だった。患者が自分の治療について意志決定したり、意見を言ったりしないのが一般的だった。今はずいぶん変化したのだということを感じた。
・岡部さんの話は、「看護」のやるべき当たり前の役割であるように感じた。それなのに、その当たり前の役割を果たせていないと患者さんが感じるということに違和感を覚えた。「考えること」が看護の役割だと自分は考えている。それを今まで(他者に)伝えてこなかったということは、自分の責任だし、今後伝えて行かなくてならないと思った。
・岡部さんの話を聞く前は、意志決定には「答え」があるものだと思っていた。話を聞いた後で、自分は、意志決定の答えを「共に創る」存在なのだということを感じた。
・自分の働いている病院では、外来での帰り際に医師が「何か不安はありませんか?」と聞くようになった。また、看護のアナムネ用紙にも「看護師の援助を必要としていることはありますか?」という項目ができた。
・病院の中よりも、在宅の方が意志決定しやすい環境であると感じる。
・自分は病気の子どもがいるので、「患児の親」として、岡部さんと同じような思いをした。母親は意志決定を避けているように感じる。それは意志決定した自分に責任が生じるからではないかと思う。
・病院の中は対象を「生物医学モデル」としてみるという方向に偏りがちであると感じる。医療者は、もっと社会性を身につけた方が良いと思う。
・がん患者を「がん患者」として、レッテルを貼っているのは、医療者として当たり前と思っていた。「がん」と言えば「患者」という状態の人としか接する機会がないからだと思う。
・自分は整形外科の病棟で働いているので、生活レベルで患者さんと接する機会が多い。ヘルスリテラシーの捉え方についても考えている。がんという病名は「スティグマ」のように感じている人も多いのではないか。
・急性期であるほど生物医学モデルに偏り、回復期?終末期には社会心理学モデルに偏る、という印象を感じた。どちらに偏るから悪いというわけではなく、車の両輪のように感じながら、医療者はケアをする必要があると思う。

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