保田淳子(やすだじゅんこ)さん(No Lift Policy活動)

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保田淳子さん
ドアはノックしないと開かない!
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【プロフィール】
 神戸市生まれ。21歳の時に大切な人を失った経験から「人は自立しないと他人を助けられない」と感じ、24歳から看護師の道を目指す。32歳でオーストラリアのフリンダース大学の看護学部に編入し、オーストラリア看護師免許を取得する。現在、フリンダース大学大学院にてヘルスマネジメントと看護研究専攻。また、日本にオーストラリアの「no lift policy(抱えない介助)」を伝える為に活動中。
Japanese Nursing Support代表。
http://junkoyasuda.blogspot.com/

【ナースを志したきっかけ】
 こどもの頃から伝記が大好きでアルベルト・シュバイツアー博士の伝記や、フローレンス・ナイチンゲールの本を読んでいました。キャンディ・キャンディも大好きだったのでその影響もあると思います。実は、高校を卒業したときに准看護学校に進学したのですが、全寮制で厳しくて耐えられず、一旦看護師の道を諦めました。そして、21歳の時に結婚しようと約束していた人が突然、膠原病になりました。それから入院後約9ヶ月でその大切な人は他界してしまったのです。その病気の経過について不明だった部分や、医療者への不信感から、自分自信で医療を知りたいと思うようになりました。
 透析の病院が医療事務を募集していたので、まずはそこで医療事務として働きました。その病院の婦長さんたちが、私の就職した経緯について知ると「看護師になったらどうや。資格があれば一生困らへんよ。」と、食事のたびに励ましてくれて勧めてくれたのです。そして24歳の時に神戸市准看護学校に(再)入学しました。そして看護助手をしながら、学校へ通いました。その後、進学コースに進み、看護師の資格を取得しました。彼の闘病生活を通じて、自分の弱さやわがままを嫌と言うほど知って、その中から「人は自立しないと他人を助けられない」という信念を持ったのです。その信念が、婦長さん達の勧め(看護師として自立すること)と、ピッタリ一致したから、看護師を志したのだと思います。
 

【オーストラリアへ渡ったきっかけ】
 看護師免許を取って、はじめは透析看護師として仕事をしました。それはそれでとても楽しかったです。もともと旅行が好きなのと、こどもの頃から伝記などを読んでアフリカなどの発展途上国に興味があったので、透析看護師として働きながら、JOCS(日本キリスト教海外医療協会)http://www.jocs.or.jp/ や海外青年協力隊の勉強会などに参加していました。そこではスタッフ間は英語でのコミュニケーションだから、少しは英語が必要だということでした。私はまったく英語が話せなかったので勉強しようと思い、10ヶ月のつもりでオーストラリアに語学留学をしました。 語学勉強だけの為に訪れたオーストラリアで、たまたま語学学校(メルボルンランゲージセンター)が 病院見学ツアー(看護コース)を持っていたので、そこで初めて通訳つきでオーストラリアの病院を見に行きました。そこで驚いたのはICUの入室時に、看護師や医師が土足のままで、しかも着替えていないという事実です。そこで驚いている私達を見て、オーストラリアの看護師が得意気に「日本は違うのでしょ。知っているわ。何度も手洗いして靴も履き替えるのよね。でもね、もうそんなのどこまで必要かリサーチがたくさんでてるのよ。日本人はそれを読んでないのね。」と言われました。私は「なに?!日本が遅れている?そんなはずはない!」と思いました。日本は遅れていないと信じていたものが崩れたのです。それがきっかけで、オーストラリアで勉強してみたいと思ったのです。

【オーストラリアで苦労したこと・その魅力】
 やはり、英語力ですね。大学で通用する英語力を身につけるのは大変でした。何度も何度も試験に落ちました。不思議なことに学校の試験に落ちたときは泣かなかったのに、この英語の試験に落ちた時は大泣きしました。そこで、こんなに勉強したことはない!というほど勉強しました。そしてフリンダース大学の看護学部に編入したのですが、大学に入ると今まで以上に英語力も看護学の力も必要で、もっともっと勉強しないとならない状況になりました。英語の試験に落ちたことは、スタートに過ぎなかったのです。そして1年間、実習に行ったり、たくさん勉強したりしながら、なんとかオーストラリアの看護師免許を取得したのです。
 大学で魅力的なことは、論文や研究のテーマを自分の興味がある分野から選ぶことができるということです。それから、疑問や質問があるときは、教授や先生が何時間でも時間をかけて話し合ったり、教えてくれたりするのです。そして日本と一番違うと思ったことは「答えは一つじゃない。間違えた答えはない」ということです。自分がそう思えば、それが答え。それを他人が納得できるように説明できればそれが答えになるということです。人の考えはバラバラで、みんな一緒でなくてもいいということを学びました。オーストラリアは他民族国家ですから、その中で自分の考えを受け入れてもらうためには、まずは他人の考えを認めることが必要なのだと感じました。

【現在の仕事について】
現在のライフワークは大きく分けてふたつです。
一つめは日本人の透析患者さんがオーストラリア旅行をするときのサポートです。http://www.ntltours.com/toseki/index.html二つめはオーストラリアのフリンダース大学大学院にてヘルスマネジメントを研究しながら、日本にオーストラリアの「no lift policy(抱えない介助)」を伝える為に活動しています。http://www.noliftjapan.com/
「No Lift Policy」とは、1998年3月に、オーストラリアのオーストラリア看護連盟(Australia Nursing Federation:ANF)ビクトリア支部で正式に採用された「人力のみによって患者さんを移乗することを禁止した指針」です。「No Lift Policy」を日本語で「抱えない介助」と訳しています。「抱えない介助」は、ホイストやリフトという機械を使うだけでなく、介護者の腰痛を予防し、患者さんの安全を守るために「押す・引く・抱える・ねじる」という4つの動作を人力のみで行うことを禁じたものです。2006年オーストラリア看護連盟(Australia Nursing Federation:ANF)のJeanette氏に「「No Lift Policy」と労働環境についてについてインタビューしました。このときこれを日本に伝えたいと強く思いました。彼女は「看護師が 第2の患者になってはいけない。また看護師も人であり、人として健康でいられないというのは基本的人権を侵害されていると感じなければいけない。資格を持つあなたたちの健康が守られていないとすると、病院で働くほかの人たち(掃除・営繕など)はどうなってしまうの?!」と言っていました。実際、オーストラリアでは「No Lift Policy」を中心とした活動により、労働環境が少しずつよい方向に変わってきたという歴史があります。
そして、私は「No Lift Policy」を通して“看護師が声を上げることの大切さ”を知りました。私達看護師は、看護のプロとして、自分達の環境が看護を受ける側の患者さんにも影響することを理解し、声を上げていかなければいけないと思いました。何も変わらないとあきらめるのではなく、一団と成れば、物事を変えられるだけの人数がいることに私達は気付くべき時がきていると私は強く思っています。
 患者さんが数10年前まで「患者の権利を知らなかった」のと同じように、日本の看護師は「自分の権利」を知らないだけだと思います。「患者の権利」がここまで根づいたのと同じように、一人ひとりが意識し声にすれば、看護の現場は変わっていくと信じています。私は1人でも多くの方にこの「No Lift Policy」を知ってもらい、オーストラリアで起こったCulture Changing(スピリチュアルチェンジ)が日本の現場にも起こることを願っています。


【海外の看護大学院へ進みたいと思っている方へのエール】
 
 私は、いろんなことを経験して32歳でオーストラリアに来ました。もっと早く来ればよかったとか、いろいろ思うこともあります。でも、きっとすべてに時があり、回り道しているようで回り道でなく・・・すべての経験がつながっていたのだなぁと今は思います。寄り道、回り道、迷い道・・・すべての道に無駄な時間はなくて、すべてに意味がある。きっとやりたいことを強く信じていけば、いつかは叶うと思います。そして目標や思うことを言葉にして人に伝えれば後戻りできません(笑)。そうやって追い込むことも時には必要だと思います。海外に来て学ぶことは、その国の文化や言葉だけでなく、見えてなかった日本の事も見えてくると思います。そして、自分の弱さとの戦いにもなることも多いと思います。そういう経験を通して、自分の人生を好きなり、自分に自信が持てるようになれることは、とっても素敵なことだと思います。海外に出ることだけが選択ではないかもしれない。でも、出てみないとわからないこともある。思い立ったら行動です!「ドアはノックしないと開かない!」のです。

(三村寛子・みむらひろこ)

コメント(1)

私は今日本で看護学生として看護を学んでいます。中でも透析看護に興味があって、就職は透析のある病院に就職しようと考えています。でもそれは私にとって通過点で、私の夢は海外(オーストラリア)で看護師として働くことです。

AUSでも透析看護師の需要はありますか?
日本人でも透析看護師をしている人は多くいますか?

あと何か透析看護について何か情報ありましたら教えてください!

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