緩和・サイコオンコロジー合同大会

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956acfec.jpg6月30日(木)?7月2日(土)、横浜にて「第10回日本緩和医療学会総会第18回日本サイコオンコロジー学会総会」の合同大会 が行われました。

楽患ねっとは、2日目のポスター発表「医療者の教育(卒後2)」に参加しました。発表のタイトルは
「患者の目から見た医療を知る?患者から学ぶこと?」NPO法人楽患ねっとの取り組みでした。昨年の「患者に学ぶ」の取り組みついて、少しでも医療者に知ってもいたい!そのための参加でした。

発表を聞いて下さった方は少なかったのですが、ポスターに目を留めて下さっていた方はたくさんいらっしゃいました。患者さんの声の一部が少しでも届いたのなら嬉しいです。

実は、今回私がこの学会に参加した理由は、ポスター発表もありましたが、何より自分自身が「緩和とは何か」ということがわからなくなっていたことにありました。医療コーディネーターの仕事を通じて感じる求められている「緩和医療」と、ホスピスで働いていた時の現実の緩和との間には、大きな乖離があったからです。


今回私が楽しみにしていたのは、ナイトプログラムという学会員同士が小人数でお話をする会と、イギリスのセントクリストファーホスピスで5年間働いて、今は広島の緩和ケア支援センターでイギリス型ホスピスを広めるために活躍している阿部まゆみさんとお話しすることでした。(デイホスピスの実践を日本で始めて組織でされている方です)

偶然、阿部さんにお会いでき、まず、私の一番の疑問点「なぜ、日本のホスピスは治療をしないのか?イギリスもそうなのか?」をお聞きしました。
イギリスは、日本より宗教色を強く持ったホスピスが多いので、死の受容を前提にしているのかな?と思っていたのですが、阿部さんの答えはNOでした。イギリスのホスピスは、あくまで症状緩和であることを強調されていました。イギリスでもホスピスが誕生した当初は死の受容が謳われていたようですが、2年後にはそれが是正され、家庭医が治療を行い、それに伴う症状を緩和するときにはホスピスが関わるという2本柱で患者さんを支えていると言っていました。だから、ホスピスは施設ではなく、症状を緩和するという考え方であるとよくいわれるのですね。それにも関わらず、日本は、ホスピスが出来た当初の「看取り」の場としての施設型ホスピスを導入したまま進展がないそうです。現状を変えていきましょう!と力強く言われて、とても嬉しかったです。

ナイトプログラムでは、がんセンターでホスピス医をしている医師や、緩和ケア施設がない地域で主治医が緩和も行っている方、がんセンターの精神科医やリエゾンナースなど他職種の方がいらっしゃいました。そこで交わされた議論は全て書けませんが、心に残った意見は、
「積極的な治療を捨てて、残りの人生をよりよく生きるために緩和ケアに来る人がいる。その人たちのために、今のベット数の少ない緩和はあけておくべきだ、積極的な治療を捨てられないひとのために、そういった治療を捨ててきた人がはいれないのでは本末転倒だ」
「代替医療は、行っても良い。それは副作用がないから。低容量の抗癌剤治療は副作用がある上にエビデンスがないから使ってはいけない。」
「日本のホスピスは包括診療だから、未承認薬を平行して使うことは保険診療上無理。未承認薬や低容量抗癌剤治療をすることを前提に緩和ケは作られていないのだから、対処するスタッフもいないし、ベット数も足りない」
という声でした。

日本で保険診療に入っていないもの以外は緩和では行わないことは、制度の問題上仕方のない事実なのだと思います。また、低容量の抗癌剤や未承認薬を使えないのは、そのことに対する人も知識も緩和の人間にはないからです。

患者さんが何を求めているか、ではなく、日本の緩和が現在の法制度上で何が
出来るか、しか述べていないのです。それが前提で進む「緩和ケア」の議論。
何か変だと思いませんか?と問うても、ケアを提供する当事者にとっては、そこの部分は見えずらいようです。

緩和に関わっている医療者は、今一度考える必要があるのではないでしょうか。積極的な治療法を捨てるのはなぜなのか?その裏には、今まで体のことを考えない抗癌剤治療や、先端医療の中で人間関係に疲れ、西洋医学に絶望している人がいるのではないか?死の受容ではなく、諦めではないか?とは思わないのでしょうか?

緩和ケアに来た人のどのぐらいの人が自ら進んでそこを選んだのか?十分な情報提供がされているのか?家族のための入院ではないのか?エビデンスがないのに代替医療に頼るのはなぜなのか?本心は治療をしたいのではないのか?治療が出来ないから、代替医療に頼っているのではないのか?

なぜ、緩和が代替医療は良くて、抗癌剤はだめなのか?それは患者さんの希望を汲んでの配慮ではなく、病院側の都合で患者さんの希望のお茶を濁しているのではないのか?

その場に参加してくださった人の中には、本当に死を受容したいと緩和に来る人は、(今の日本の提供していう緩和ケアの考えに当てはまっている人)は10人に一人もいないと言われていました。私もそう思います。

本当に目の前の患者さんの声を聞いていれば、今のままではいけないことが分かるはずなのに、、、なんだか歯がゆい思いでした。

でも、この思いを打ち破るのは、やはり患者さん自身の声なのだと思います。
本当に大切なことを妥協せず、伝え続けることで変えていかなくてはいけません。医療者はそのための情報提供と、患者と医療者の声を届ける場作りをしていかなくていけないと思います。

「患者に学ぶ」は、その一端を担うことが出来るのではないか、そんな期待を持っています。

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